天声人語の書き出し・結語【名文集】セミ

  • 2008/12/06(土) 13:14:02

天声人語の書き出し・結語【名文集】

『セミ』

東京でも、高尾や奥多摩あたりではヒグラシの大合唱をきくことができる。街の夕暮れどきにカナカナカナと一匹だけ鳴いているのをきくのはあわれを誘うが、山間の緑にしみいる大合唱となると、これはかなりの迫力だ。

アブラゼミやミンミンゼミは成虫になるまで、約二千日も地下にもぐっている。その長く暗い地下生活ののちにやっと、地上にでる。地上での声楽家としての命は驚くほど短い。

「せみの子をとらへんとして/熱き夏の砂地をふみし子は/けふいづこにありや/なつのあはれに/いのちみじかく/みやこの街の遠くより/空と屋根とのあなたより/しいいとせみの啼(な)きけり」(室生犀星)



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天声人語の書き出し・結語【名文集】竹の美

  • 2008/11/14(金) 11:57:03

天声人語の書き出し・結語【名文集】

『竹の美』

先日、京都の桂離宮を拝見して、あらためて竹というものの姿のよさに打たれた。冬の日だまりの中でさやさやと鳴る竹の群れは静寂そのものだし、表門につらなる穂垣(ほがき)のたたずまいには人の心をなごませるものがあった。

一ヘクタールの面積に七千本から一万五千本の真竹(まだけ)が生えていると、その地下茎(ちかけい)の長さは六万三千メートルから十八万七千メートルにも達する。これが、大地をしっかりとつかんで災害を防ぐ。一見、かぼそく見える竹は、じつはもっともたくましい植物の一つなのだ。



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天声人語の書き出し・結語【名文集】ケヤキ林

  • 2008/11/13(木) 11:58:32

天声人語の書き出し・結語【名文集】

『ケヤキ林』

芽吹きから新緑にかけての、あのきらめくようなケヤキもいいし、落ち葉を舞わせる晩秋のケヤキもいい。しかしこの木がいちばん目立った姿になるのは、何といっても冬の裸木のときだろう。

埼玉県・三富新田のケヤキ並木は、かつての武蔵野の農家の防風林のたたずまいを伝えている。これを見たときも、幹すれすれに走る車の騒音と震動が気になった。「私どもが幼い時は、松の木も、杉の木も、けやきの木も、毎日歌ったり、笑ったりしとりましたが、それが最近、みんな泣いたり、悲しんだり、憤ったりしとります」。井上靖の『欅の木』にでてくるけやき老人の言葉だ。

ケヤキ林の静寂は日々、幻のものになりつつある。



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天声人語の書き出し・結語【名文集】春を待つ花

  • 2008/11/12(水) 12:03:31

天声人語の書き出し・結語【名文集】

『春を待つ花』

東京では、もうオオイヌノフグリが咲いている。いつごろから咲きはじめたのかは知らないが、竹やぶの南側の日だまりに、はうように茎をのばして咲いている。ベージュ色の青いしずくだ。

いまはハンセン病は完治する病になったが、当時の志樹さんは指がしびれて曲がり、いつかペンをもてなくなってしまうという不安にかられ、病み衰えながら神に祈った。残された一巻の詩集には、凍土の芽、凍土の花のもつきよらかさがある。

五輪、十輪と早咲きの白梅がほころびはじめた。梅の香を探すこころは、冬の凍土からのびてくる野草の生命力を探すこころと重なる。



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天声人語の書き出し・結語【名文集】流氷

  • 2008/11/11(火) 12:10:08

天声人語の書き出し・結語【名文集】

『流氷』

オホーツク海の流氷が見渡せる無人の丘の上に、一軒の民宿を建てた神奈川県生まれの青年がいる。働いて資金を稼ぎ、木材を買い、ノミをふるい、ついに独力でやりとげた。四年がかりの仕事だった。北海道の風土には今も若者の開拓精神をかりたてるものがあるらしい。

無人の丘に独力で民宿を建てた青年、宅見公さんのところに寄った。ご自慢の大きなガラス窓の向こうに大氷原があった。風が吹き、氷が割れ、川のような形の海が姿を見せていた。信じられないような重い濃紺の海の色だった。



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天声人語の書き出し・結語【名文集】豆まき

  • 2008/11/10(月) 12:12:06

天声人語の書き出し・結語【名文集】

『豆まき』

「福は内、鬼は外」といって鬼を戸外(こがい)へ追いだす。追いだされた鬼はいったい、どこへ行くのだろう。豆に打たれ、肩をすぼめてさまよう姿は哀切である。

豆まきに似た風俗はローマにもあるそうだ。死霊を追いだすため、黒豆をうしろへ投げる。追儺(ついな)に似た行事だが、ローマに「死霊の宿」があるかどうかは知らない。

奈良県吉野山の蔵王堂では「福は内、鬼も内」といって全国の鬼を集め、仏法の力で改心させている、という投書もいただいた。そういう行事は各地にあるらしい。



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天声人語の書き出し・結語【名文集】においの効用

  • 2008/11/09(日) 12:13:19

天声人語の書き出し・結語【名文集】

『においの効用』

節分のときにはヒイラギの小枝とイワシの頭を戸口にさす。あの風習はいま、どの程度残っているのだろうか。追儺(ついな)には、ニンニクを用いたり、馬酔木(あせび)やトベラの葉を焼く習わしもあったときく。悪臭で鬼どもを退散させる作戦だろう。

節分から立春へ。東京では、トチノキの芽をつつんだ樹皮がぬれたように光っている。水を飲むヒヨドリのくちばしが一瞬、まぶしく光る。光の春の訪れである。



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天声人語の書き出し・結語【名文集】椿の島

  • 2008/11/08(土) 12:14:29

天声人語の書き出し・結語【名文集】

『椿の島』

伊豆大島の噴火で、溶岩流が山はだを襲ったとき、その熱さに反応してそばに立っていた大島桜のつぼみが開いた、という話をきいた。

かつてこの島では、椿は生活の中心だった。椿の防風林は荒れ狂う海風をやわらげた。その木は質のいい木炭になった。その実は椿油になり、灯油、髪の油、揚げものに使われた。椿油の収入を生計の中心にする島民が少なくなかった。子供たちは、即製のササのストローで椿の花のみつを吸った。

今は椿油や木炭の生産は激減したが、大島はやはり椿の島だ。一泊の旅でも、心が椿色に染まった。



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